PayPalがステーブルコイン発行~暗号通貨の未来か、情報寡占の始まりか~
PayPalは公式にUSドルに連動した新しいステーブルコインの導入を発表しました。表面上は、安定した価値を持つ通貨としての利便性が強調されています。
しかし、導入の背後にはPayPalにとって既存顧客の囲い込みと情報寡占の狙いもあるでしょう。記者の見解を述べます。
参考情報:
- PayPal公式(PayPal Launches U.S. Dollar Stablecoin)
- PayPal to Issue Dollar-Pegged Crypto Stablecoin Based on Ethereum(CoinDesk)
PayPalが独自ステーブルコインを発表
2023年8月7日、PayPalはEthereumベースのステーブルコイン、PayPal USD (PYUSD) の導入を公表しました。このステーブルコインは、U.S.ドルの預金や短期U.S.国債に完全に裏付けられ、1:1のレートでU.S.ドルと交換できます。
PayPalのCEO、Dan Schulman氏は以下のように述べています。
- デジタル通貨が普及するためには、U.S.ドルのような法定通貨との簡単な接続が必要
- PayPal USDを通じて、顧客に新しい体験を提供する
PayPal USDは、友人や家族、開発者やクリエイターへの直接的な通貨の送付を可能にし、世界最大のブランドによってデジタル通貨の継続的な拡大を促進することを目的としています。
また、PayPal USDはPaxos Trust Companyが発行し、ニューヨーク州金融サービス局の監督下にあります。裏付け資金の証明としての報告も行われるとのことです。
PayPalによる情報寡占のおそれ
PayPalは4億人以上の既存の顧客情報を持っています。ステーブルコインを送付するためのウォレット機能がPayPalのアプリケーションに組み込まれることで、私たちの情報(個人情報や購買履歴)とウォレットアドレスが紐付く可能性があります。
PayPalによる情報の独占的な保有は、他の競合企業が持つことのできない強力な武器となり得ます。
しかしこの情報の寡占には以下の懸念点があります。
- 市場の健全な競争が妨げられ、消費者の選択の自由が制限される
- 情報を基にしたマーケティングや広告戦略により、消費者の購買行動が無意識に操作される
顧客の囲い込みと影響
PayPal USDの導入により、Web3の技術に未接触の一般の人々が新しいイノベーションに触れる機会が増えます。
しかし、見方を変えるとWeb3の技術を背景に持つPayPalのエコシステムへの誘導とも解釈できます。
この誘導は表面的にはユーザーフレンドリーに見えるものの、長期的には以下の懸念が考えられます。
- 消費者の選択肢が制限され、PayPalのエコシステムでの取引が強制される。
- 他の決済方法が疎外され、市場の多様性が低下する。
ステーブルコインの台頭の前に仕込むというタイミング
USDCやUSDTなどの先行するステーブルコインが本格的に普及する前に、PayPalが既存の顧客基盤に対してサービス提供することで、市場における独自の位置を築くことができるでしょう。
アメリカで暗号資産自体への不安感が高まっている中で、Web2での信頼をベースに、自然な流れで顧客を自社のステーブルコインの体験に誘導できることには、大きなメリットがあります。
中央集権とのバランス
ともすれば、PayPalの中央集権だと一蹴されかねない戦略です。
しかし、ユーザにとって何が最適な体験かを考えると、Web3のステーブルコインのサービスにおいてあっさりとトップに躍り出る可能性もあるでしょう。
例えば、ユーザは以下のような体験価値を得られるでしょう。
- ECサイトでPayPalのリンクを入り口に、数クリックで暗号資産での決済ができる
- 海外送金を銀行に比べ圧倒的に安く、速く行える。
- 銀行預金よりも高い金利のDeFiでステーブルコインを運用できる。
まとめ
PayPalのPayPal USD導入は、一見すると暗号通貨の普及を促進するものとして期待されます。
しかしその背後にある顧客の囲い込みや個人データの使用の可能性も加味して評価する必要があるでしょう。
OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏によるワールドコイン(Worldcoin)も、プライバシー情報の使用用途について安全性に懸念を持たれる流れもあります。
Web2とWeb3の境界線はもはや曖昧になり、大企業がWeb3サービスを仕掛けてくることに違和感を感じなくなってきた昨今です。しかし、私たちがサービスの利便性と引き換えに何を差し出しているのか理解し、自らの選択を慎重に行うことが重要でしょう。